Kyoko Shimbun 2021.04.01 News

「人の為 ニセモノだから できること」 フェイクな薬が秘める可能性 これは嘘ニュースではありません

プラセボ製薬が販売する偽薬「プラセプラス30」
 「プラセプラス」という薬があります。成分はほんのり甘い還元麦芽糖で、薬効は「薬効がないこと」。フェイクニュースやエイプリルフールに便乗した偽の情報が飛び交う今の時代にフェイクの薬=偽薬を企画販売するプラセボ製薬株式会社代表の水口直樹さんに話を聞きました。

――偽薬を作って販売しようと思ったきっかけは何だったのでしょう

 当時勤務していた中堅製薬メーカーが100周年を迎えるにあたって、新商品の開発をすることになりました。しかしその企画は、元々販売していた乳酸菌の薬に「プラス何か」という相乗効果を期待する枠組みにとらわれているように感じたんです。そこで「プラス」という足し算ではなく、乳酸菌「マイナス」乳酸菌という引き算をしてみてはどうかと考えました。

――乳酸菌から乳酸菌を引き算したら、何も残らないですよね

 そうなんです。「それってプラセボ(偽薬)だな」って思ったんです。薬学部出身なので、もちろん偽薬という存在は知っていました。そこで「プラセボを売ることはできるのか」といろいろ調べているときに、ヤフー掲示板で「偽薬はどこで買えますか」という質問を見つけたんです。けれど、その回答も偽薬についての的はずれな説明ばかりで、どこで買えるかという答えになっていませんでした。言い換えれば、どこにも偽薬が売っていなかったということでもあるのです。

 そこで、偽薬へのニーズはあると考えて、企画会議に投げたのですが「検討に値せず」と全くだめでした。おそらく「知名度のあるメーカーが偽薬を売ると、これまで作り上げてきた信頼や企業イメージが壊れる」という理由ではないかと思います。また、偽薬のアイデアとほぼ同じタイミングで「プラセボ製薬」という会社名も思い浮かびました。「プラセボ」と「製薬」という相反するものの結びつきも面白いなと。それで会議から1、2カ月ほどで会社を辞めました。

――それほどまで偽薬に可能性を感じたということですか

 そうですね。これは後で知ったのですが、同様の偽薬が既にありました。しかしそれは医療機関向けのもので一般向けには売られていないんです。もし市販されていたら、プラセボ製薬はなかったでしょうね。

――どうして一般向けに販売されてないのでしょうか

 倫理的な問題を考慮したのではないかと考えられます。過去に「ハーボニー」というC型肝炎治療薬が偽造薬に差し替えられて販売される事件(※)もあったので。

(※2017年1月、米ギリアド・サイエンシズ社が製造販売する高額のC型肝炎治療薬「ハーボニー」を、市販のビタミン剤や漢方薬に差し替えた偽造品が市中に流通した事件。「日本で偽造品流通は起きない」という安全神話に大きな衝撃を与えた。)

――偽薬にはどういう意義があるのでしょうか

 偽薬の価値はプラセボ効果(有効成分を含まない偽薬によって症状が改善する効果)と考えがちなんですが、実際に何かに効くということを標榜しているわけではないんです。それはそれとしてまた別に考えるべきことであって、「無効である」「効かない」ということこそがその価値ではないでしょうか。

 例えば「薬の飲みすぎによる副作用で困っているが、飲まないと安心できない」という状況を解決するために、飲んでも意味がない偽薬をゼロのものとして取り入れるという方法があるだろうと考えています。

――「プラセプラス」は実際にどのような場面で使われているのでしょうか

 1つは薬を何十錠、何百錠と飲まずにはいられないオーバードーズ(過剰服薬)に悩まれている方が、いつも飲んでいる薬瓶にプラセプラスを加えて飲むという使い方です。「薬を飲みたい」という欲求をどうにかしたいけれども、飲まざるを得ないときに、偽薬という効かないものでかさ増しして、気分がどうなるか試してみたいという場合です。

 もう1つは、本物の薬だと偽って渡す使い方です。特に認知症介護の場合、認知症の高齢者の方は夜眠れないからと規定量以上の睡眠薬を飲まれる場合があるんです。そうすると薬が効きすぎて、日中の活動量が低下してぼんやりしてしまいます。ぼんやりした状態ではふらつきや転倒のリスクが高まり危険ですし、夜間には目が冴えてしまい、また睡眠薬を求めることになります。しかし、本人はそうした副作用の自覚がないので、寝つけないという症状はもっと薬を飲まなければ解決しないと思い込んでしまっているのです。

 この悪循環を止めるために、プラセプラスを睡眠薬として渡します。プラセプラスを購入される介護者にとってまず大事なことは「過剰な服薬を無理なく止める」という点です。薬の飲みたがりは拒否すれば暴言や暴力に発展することもありますが、そうしたことを避け、まずは相手に寄り添い偽薬を飲んでもらう。

 このような対応ができるのは偽薬が無効だからこそで、何はともあれ介護者のストレスが減ることを期待しています。介護者に安心感を提供することが偽薬の主要な価値です。偽薬を飲んだ高齢者が満足感を得て、不安を背景とする症状の訴えや薬への執着が減ったり、「薬がよく効いた」と報告することが仮にあったとしても、それは副次的なものです。

 また他には子どもの習い事の発表会の前に「緊張が収まる薬」として飲ませる親御さんもおられます。介護関係での用途は想定していましたが、こういう使い方があるとは想定していませんでした。


プラセボ製薬株式会社代表の水口直樹さん

――逆に偽薬が持つデメリットというものはありますか

 本物と称して偽薬を渡すのは、騙すということなので、偽薬だとバレたときに渡す側と渡される側の信頼関係が壊れるしまう可能性があります。ただ、介護の現場ではプラセプラスが出る前から「ミンティア」のような清涼菓子を使って同じようなことをされていました。

――いくら何でもミンティアはさすがにバレると思うのですが

 そう思うんですけど、実際には「この薬、スースーするねえ」って言いながら飲まれるそうです。本来眠気覚ましとして使われるミンティアを睡眠薬として出してもよく眠れたっていうのは介護業界ではあるある話だそうで。また「お医者さんから1錠だけきついの出されています」のように、きつい「薬」とは言わず、きつい「の」と嘘にならないギリギリの範囲にとどめるとか、施設ごとにいろいろあるようです。

――会社のスローガン「人の為 ニセモノだから できること」はよくできているなと感心しました

 例えば28日間サイクルで服用する低用量ピルのパッケージには、1週間の休薬期間中も服用の習慣を忘れないよう、偽薬が1週間分入っています。けれど、なぜかこの偽薬を飲まない人が結構いて、気持ち悪いという理由で捨てている人もいるんです。そこには「偽薬」に対する印象の悪さがあるんじゃないかと。

 「偽」の漢字ってイメージが悪いじゃないですか。そこで実は良いものだと思ってもらおうと、実際の成り立ちは知らないのですが、偽を「人」と「為」に分けて、すなわち「人の為」になるのではないかと。それと、偽物について語られる時は偽物「なのに」と逆接で語られがちなので、より積極的に肯定する意味を込めて順接の「だから」としました。


標語「ヒトノタメ ニセモノダカラ デキルコト」(プラセボ製薬サイトから)


――会社として、今後の目標などはありますか

 商品のラインナップを増やしたいです。同じ錠剤でも色や大きさなどを変えて種類を増やしたり、刻印を入れたりなどですね。他にもカプセルや粉薬などの様々な剤形がありますし、座薬が欲しいという要望もあります。

――「偽座薬」ということですね。と言うより、座薬を乱用する人がいることに驚きです

 他の薬と同じように、解熱や痛み止めとして座薬の効能を信じ切っている人がいるんです。なので、医療業界でも実際には座薬を使わず、看護師さんが指サックやゴム手袋をつけて患者の肛門に指を入れるだけの通称「指スポ」で対処されている場合があります。

――意外に分からないものなんですね

 僕も実際に座薬を試してみて分かったのですが、確かに入り口には感覚があるんですが、中まで入ると異物感は残らないですね。だから偽座薬はあったら絶対に面白いです。それと痛みを専門にされている整形外科の先生からも興味を持ってもらっていて、湿布を必要以上に欲しがる高齢者への問題意識から、実験として偽湿布が作れないかと。湿布の有効成分から来るにおいを再現するのが難しくてできていませんが……。

――「処方される湿布にかかる医療費だけで年間1300億円にのぼる」というデータ(※Yahoo!ニュース個人・市川衛氏の記事)もあります

 湿布に限らず、偽薬を活用すれば医療費の低減が期待できます。ただ、プラセプラスは30錠999円で、1錠あたりの価格だと今はまだバファリンのほうが安いという現状があります。大量生産すれば安くできるのですが、事業規模として割高にならざるを得ないのが課題です。

――近年、フェイクニュースが社会問題化したことで、偽(フェイク)に対するネガティブな印象が強まったように感じます。

 最近読んでいる『顧客を説得する7つの秘密』(ジェームズ・C・クリミンス/すばる舎)という、進化心理学に関係したマーケティングの本で、「人間の中にはトカゲが住んでいるから、理性的な方向で納得させるよりも、トカゲが直感的、本能的に反応するような仕掛けを作りなさい」ということが書かれていました。

――トカゲ、というのは脳の原始的な部分を指すたとえですよね

 はい。本では快感を与えることによって他人を行動させるテクニックが紹介されているのですが、フェイクニュースも誰かが信じたくて信じていると言うより、何かが分かった、納得したことで得られる人間の快感情をコントロールしている気がします。

 人間の本能的な、意識にのぼらない部分にアプローチして制御するテクニックが洗練されてきているので「あいつはバカだからフェイクを信じるんだ」としてしまうのはとても危険だと感じています。

 プラセボ効果に対しても「私は疑り深いからプラセボ効果が起きにくい」というのはまた違っていて、理性によってコントロールできるものではない気がしています。「頭が良いから薬に対して思い込んだりできないんだ」というのではないし、そのような「理性によってとらえられる」という思い込みこそが危険ではないでしょうか。

――ありがとうございました

(※今日4月1日はエイプリルフールです。)

水口直樹(みずぐち・なおき)
1986年、滋賀県生まれ。プラセボ製薬株式会社代表取締役。2010年京都大学薬学部卒業。2012年同大学院薬学研究科修了。製薬会社に研究開発職として入社。2014年に退社独立、現在に至る。プラセボ製薬のウェブサイトはこちらから。

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<GOODS>プラセボ製薬 プラセプラス30 PTP包装 30粒

 『プラセプラス』は介護用途などにご利用いただける、ほのかな甘みのプラセボ・タブレット。本商品はプラセボ粒をPTPシートに個包装したものです。プラセボとは「偽薬・似せ薬・気休め薬」のことであり、本品はくすりのかたちに似せた食品です。※医薬品ではありません。

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