Kyoko Shimbun 2025.04.01 News

SNS「発信しない」という選択肢 漫画家・荒川弘さんに聞く これは嘘ニュースではありません

漫画家の荒川弘さん
 創作者がSNSで意見や情報を発信し、「作者の顔が見える」が当たり前になった今の時代。そんな中で「あえて発信しないこと」が持つ意味、ネットとの距離の取り方について、『鋼の錬金術師』『銀の匙 Silver Spoon』『黄泉のツガイ』などで知られる漫画家の荒川弘さんにお話を聞きました。




荒川弘(あらかわ・ひろむ)
 北海道生まれ。1999年、第9回エニックス21世紀マンガ大賞受賞。2001年から10年まで「月刊少年ガンガン」連載の『鋼の錬金術師』(全27巻/スクウェア・エニックス)は全世界でシリーズ累計発行部数8千万部。11年から19年まで「週刊少年サンデー」にて『銀の匙 Silver Spoon』(全15巻/小学館)、06年からエッセイ漫画『百姓貴族』(既刊8巻/新書館)を連載。最新作は『黄泉のツガイ』(既刊9巻/スクウェア・エニックス)。


<漫画で描いて発散しちゃってるんでしょうね>


――『鋼の錬金術師 CHRONICLE』(スクウェア・エニックス)での荒木飛呂彦さんとの対談で「私、ツイッターをやる気は全く無いです」と、SNSから距離を置く発言された一方、『黄泉のツガイ』での「……勘のいいガキは嫌いだよ」(※)というミームのセルフパロディからは、ネットへの意識も垣間見えました。ネットを意識しつつもなお「SNSをしない」という選択をされた理由を教えてください。

 忙しいのもあるし、子どもができてから余計っていうのもあるんですけど、ただでさえ365日仕事してるような人間だから、ネットに向かってる時間があるなら、少しでも子どもに時間割きたいなっていうのがあって。それと、私は何かあったら漫画に描くタイプだから、漫画で描いて発散しちゃってるんでしょうね。

 ※「……勘のいいガキは嫌いだよ」…『鋼の錬金術師』第2巻で、錬金術師タッカーの「ある秘密」に気づいた主人公エドワードに向けて、タッカーが放った言葉。作品序盤の衝撃的な展開だったことから、多くの読者にとって強く記憶に残るセリフになった。

「…勘のいいガキ」のセルフパロディ(『黄泉のツガイ』第19話より)


――これまでネットとはどのように付き合ってこられましたか。

 実家にいた頃、ワープロとインターネットが一体化した複合端末みたいなのがあったんです。ネット中は普通の電話が繋がらないっていう。

――ということは、結構早くからネットをされていたんですね。

 そうですね。あの頃は同じ趣味を持つ人が集まる掲示板みたいなのがあって、そこの歴史関係の同人仲間でコミュニティを作って。デスクトップ型のパソコンを買ったのは、そこで知り合った絵描き友達を頼って上京してからで、相変わらず掲示板交流ですかね。あとはホラー系の掲示板とか見てました。「2ちゃんねる」のまとめ系かな。ああ、それとホラー繋がりだと、当時「突撃」っていうのがあって。

――「突撃」ですか。

 昔は同人誌に住所が書いてあったので、それを見たヤバいファンが作者の家に直接来ちゃうっていう、その報告をまとめたサイトがあったんです。それを見て「ヤバい、怖っ!」って(笑)

――結構ネットにハマっていたんですね。

 今から見たらハマってる方かな。でもネットを使ってる時間は多分今の方が多いと思いますね。ほぼほぼ資料検索ですけど。

――昔はご自身のサイトを持っていたという話を聞きました。

 歴史系の知り合いのサイトを間借りして掲示板を作ってて。でも、『鋼』の連載が始まってから、わーっと人が増えて。ちょうどアニメが始まる前にさっと閉じたんですよね。

――どうして閉鎖したんですか。

 誰かが管理パスワードを突き止めて、荒らされちゃったんですよ。それもあってスパッと切って。そこからはもう全然。掲示板的なものもSNSも、自分から発信するものは何もやってないですね。

――別のXアカウントでエゴサしたり、発信したりすることもなく……

 何もしてないですね。『鋼』のアニメが2004年だったから、もう20年か……


荒川さんの作業机



<みんな先のことを予想して書くんですよね>


――昨今、作品の感想がSNSに投稿されるようになって、編集部あてのファンレターが減ったと聞きます。SNSをしていないと読者の声が届きにくい時代になったとも言えそうですが、読者との付き合い方は何か意識しているのでしょうか。

 昔のとある漫画で、連載が始まってすぐに2ちゃんねるにその作品のスレッドができたんですけど、その作者さんは「ここ良いよね」っていう2ちゃんねるの住人の意見を神聖化しちゃって、住人が求める方、求める方に行ったんですよ。そうしたら結果、だんだん人気が落ちてきちゃって「おお、怖っ」て。だからあそこは一般的な場所ではないなって。

――じゃあもし「荒川弘のスレッド」みたいなのがあったとしても……

 やだよ、見ない(笑)。あと、みんな先の展開を予想して書くんですよね。それでかぶってたら「ほら、当たってた」みたいになるし、かぶってなかったとしても「書き込みを見て変えたんじゃないか」になるし。ネットから距離を置くのは、読み手の感想に振り回されるからっていうのもあるんじゃないかな。

 でも「ガンガンONLINE」みたいな漫画アプリとか、YouTubeで配信してる「百姓貴族」のアニメのコメント欄なんかはありがたく見させてもらってます。


ガンガンONLINE(画像をクリックするとリンクが開きます)



<「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」>


――ネットから距離を置かれる一方で、作品のセリフがネットミームとして広まることもあります。『鋼』の「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」は、Xでつぶやかれていない日がないくらいです。あのセリフがミーム化されていることに、いつ気がつきましたか。

 いつだろうね。多分Twitterとかネットの流行りをまとめたニュースサイトを見てるときに、ちょこちょことタッカーさんのネタ出てくるな、と思って。


「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」(『鋼の錬金術師』第5話より)


――あのセリフはどういう流れで生まれたのですか。

 あの場面はタッカーさんの本性、性格がいきなりボンって出てくる急展開だから、なるべく嫌なセリフにしようって思いましたね。「お前」じゃなく「君」っていうちょっと良い言葉を使いつつ、一方で「ガキ」「嫌い」っていう落差のインパクトで作ったセリフですかね。ミームになるとは思いませんでしたけど。

――そういった読者に強く刺さるセリフというのは、時間をかけて練るものなのですか。

 ものによりますかね。キャラクターって結局自分の中のどこか一部だと思ってるから、するっと出てくることもあります。

――いわゆる「キャラが勝手に動き出す」という……

 人間の勘っていうのは、実は経験の積み重ねで、頭がコンピュータとして答えをはじき出してるっていう考え方もあるらしくて。だから「キャラが勝手にしゃべる」っていうより、ずっと描き続けて自分の中のデータの積み重ねた結果、頭のコンピュータが「このセリフしかないよ」って出してくれる場合もあるんじゃないかな。

 逆にあのコマのキャラの決めゼリフどうしようって、他の仕事しながら1週間ぐらいずっと考え続けてることもあります。何のセリフだったか、ずーっと考え続けて、頭の上まで下りて来た来た来た来た!ってなったときに、息子が「お母さん!」って部屋にバーン!って入ってきて、頭のてっぺんまで下りてきたのがまたスポーンって消えて、そのときにはもう、すごい……

――(笑)

 「どうしたんだい、坊や〜」みたいな(笑)。で、そういう時に限って子どもの方も「何だっけ?」って何を言いに来たか忘れてるんですよね。「くそっ、またセリフ考え直しだ!」って、今降りてきたやつをまた手繰り寄せる作業に入って……(笑)


<ごめんよ、イーロン>


――ミームとは少し違いますが、2019年に今のXのオーナーのイーロン・マスク氏が『鋼』のエドワードを自分のプロフィールアイコンに使って話題になったこともありました。

 そうそうそう。このインタビューまで知らなかったんですけど、使ってたらしいですね。(画像)あります?

――ええと、これですね。

 ちょっと失礼。おお、使ってる。何で?(笑)


イーロン・マスク氏のTwitterアカウント(当時)


――もともとアニメ好きだそうです。

 エド以外も使ってたりするんですか?

――多分、エドだけじゃないですかね。せっかくの機会なので、イーロンに何か一言ありましたら。

 「ごめん、気づいてなかった。ごめんよ、イーロン」って(笑)


<働ける人は働いた方がいいんじゃないか>


――ネットの普及期に始まった『鋼』から現在の『ツガイ』まで、作品の根底に「地に足のついた感じ」があるように思うのですが、そういった価値観と、ネットよりリアルを重んじるところに何か通じるものがあるのかな、と感じました。

 「地に足のついた感じ」は、よく言われるんですけど、何だろう。生活感?

――例えば『ツガイ』の中に「下界に降りてきたユルは戸籍がないから医療費が10割負担になる」という話が出てきたりするじゃないですか。漫画ってフィクションなので、そういう細かい部分、現実的な部分は適当にごまかしていいような気もするんですけど、それをあえてしっかり入れてくるところにリアリティを感じます。

 逆にそこはネタとして生かせると思っちゃうんですよね。そこが地に足がついているってことなのかな。


(『黄泉のツガイ』第5話より)

――生活感と言えば、『鋼』にも出てくる「働かざる者食うべからず」的な厳しさは、牧場だった実家での体験から来ているのですか。

 「働かざる者」は、私っていうより荒川家の家訓なんですけど、「働かざる者食うべからずよ〜」って親とかじいさんとか、笑いながら冗談みたいな感じでよく言ってましたね。実際、家族は毎日24時間365日仕事してましたし。

 「働かないでお金入ったらいいな」ってみんな思うじゃないですか。でも働かないとどうにもならない時代になってきて。今の日本って本当に働けない人でも、何だかんだで食えるけど、でもそれでみんなが働かなくなったら、いつか破綻しますよね。だから働ける人は働いた方がいいんじゃないかと。

――だから描き続ける、と……

 人生あっという間だなっていう考えがあるから。死ぬまであと何本描けるのって思うと、描きたくなっちゃうというか。

――そのモチベーションはどこから来るんでしょう。

 描きたいから描いてるんでしょうね、うん。睡眠時間が削られるとかはありますけど、描くのが苦でないのは、ありがたいことに一定の数字受け入れられてるからっていうのもあるかな。老人ホーム入っても何だかんだ描き続けたいな、とは思います。

――生涯現役ってことですね。

 だからいい意味で1つの作品にフルパワーを出し切らないんですよ、いい意味で。全部に平等に愛を注いでいるというか、距離は置いてるつもりで。感情から何から全部入れちゃうと多分1本描いてぶっ壊れると思うんです。そう、製造機が壊れちゃいけないんだよ。読者はちゃんと最終回まで見たくて読んでるんだから、うん。

 あとキャラクターには幸せになってもらいたいなと思って描いていて、それは多分読者さんと合致してると思うんですよね。成長して何かを得た最終回にしたいっていうのはいつも思ってるので。


スクリーントーンを収納する棚。作画は今もアナログだ。



<そこはファンのみなさんを信用しています>


――さっきの「地に足のついた感じ」という話とも関係するのですが、嘘が嫌いなタイプかなと感じました。

 そうですか?(笑)

――例えば、心理戦を描くなら『DEATH NOTE』みたいにお互いに手札を隠しながら相手の裏をかく方法もあると思うんです。でも、『鋼』ではブラッドレイ大総統の正体をかなり早い段階で主人公たちに明かしたり、むしろお互いに手持ちの札をオープンにした上で……

 オープンにした上で、訊かれていないことは言わない。

――確かに、言わないだけで、嘘をついてるわけではないですもんね。で、手札を開示した上で「じゃあどうする」っていう、そこからの駆け引きが面白いな、と。『ツガイ』でも、アサは「兄様には嘘はつかない」と言ってますし、「嘘をつく」とか「騙す」とかいう行為はポリシーに反するのかな、と。

 嘘を嘘で重ねると、読者さんも描いてる方もそのうち訳が分からなくなるから、嘘と嘘の駆け引きみたいなものはあまり入れないようにしてます。その辺りはなるべくコンパクトにまとめたいなと思って。嘘に嘘を重ねると展開が縛られてきちゃうんで、読みやすさ優先ですかね。あとは「嘘をつかない」って、信頼関係の構築に一番大事なことだと思うんで。

――どういうことでしょう。

 悪い奴でも「あいつは嘘をつかないから」って、ある程度信用できるキャラクターとして把握することができるんです。

――なるほど。

 ただ、やっぱり二枚舌は好かないですし、私自身も、例えばすごく困ってる人がいて相談を受けるとするじゃないですか。「君のためにいつでも何でもするから言ってね」って表面だけのことは言えないんですよ。それは多分嘘になっちゃうよね、こっちも生活あるから。だから、ちゃんと距離を取る意味でも「自分のできる範囲でできることがあったら言ってね」みたいな相談の受け方をします。

――最近はフェイクニュースが問題になったこともあって、嘘全般に対して風当たりが強くなっている印象もあります。

 BBC(英国放送協会)のエイプリルフールの嘘つき映像とか大好きですけどね、渡りペンギン。あと、「東京新聞」が4月1日だけ嘘ニュース流すのとか。

BBCが2008年のエイプリルフールに公開した渡りペンギン


――エイプリルフールのジョークニュースも世界的に厳しくなっているみたいですね。SNSの時代になって記事の本文まで読まれないことが増えた影響もあるみたいで。

 中身を読めば分かるのに、タイトルだけで噛み付いてくるパターンもめちゃくちゃ増えましたよね。そうそう、荒木先生との対談の「私はTwitterやらないです」って話も、どこかのまとめサイトでは「荒川弘「Twitterやる漫画家は二流」」ってタイトルで書かれて。

――(笑)

 ひどいタイトル詐欺で、そんなこと本文でも実際の対談でも一言も言ってないです。しかも「私は」ってちゃんと主語をつけた上で言ってるのに。

 うちの旦那もその記事のタイトルだけ見たらしくて、「こんなこと言ったの」って。「私がそんなこと言う人間だと思ってんのか!」って、ホントそのとき離婚してやろうかって(笑)

――(笑)。しかしそんなふうに何か間違った情報が出た場合、本人が発信していないと反論もできないわけですよね。何か言いたくなりませんか。

 ありますよ、ゴルァ!って(笑)。そんなこと一言も言ってないわよって。

――でもそこで自制できるのはすごいですよね。

 誰かちゃんと事情を知ってる人が直してくれるだろうっていうのがあるからですかね。間違った情報がそのまま爆発的に増えて、誰も直さなかったら、リアル世界にも降りてくると思うんですけど、それが降りてこないってことは誰か訂正してくれている方がいらっしゃるんだろうと。そこはファンのみなさんを信用しています。

――ネットと良い距離の取り方をされていると思います。

 いやあ、どうかな。アナログなんでしょうね、頭がね。


仕事場には民間伝承などの資料が山積みされていた。中には「ムー」も。



<私たちもそれに助けられてます>


――ネットとの距離を意識しながらも、その一方でSNSで宣伝しないとなかなか作品が認知してもらえない今の時代、特に新人の漫画家さんは大変だろうなと感じます。

 そうですよね。昔は紙の媒体しか発表の場がなくて枠が決まってましたけど、デジタルになって作品が無限に掲載されると埋もれちゃいますもんね。ただ、一度浮上したら「みんなが見てるなら俺も見よう」って見てもらえるようになる。

――もし今の時代にデビューすることになっていたら、どうされていたと思いますか。

 んー、どっから入ってましたかね。戦い方が違っちゃってきますね、昔と。やっぱり紙の方からか、それとも何でもいいからとにかくSNSでバズって……ってなってるかなあ。でもやっぱり紙の掲載を狙うかな。紙の本好きだしな、うん。本棚に置いといてほしいなって思う。

――デジタルの時代になって、書き手だけでなく読者の側も漫画との接し方が変わってきましたね。

 ネットでいっぱい無料公開されてますし、そこから単行本を買おう、続きを買おうってお金落としてくれる人もいらっしゃって、私たちもそれに助けられてます。最初は「1話無料とかどうなの」ってなったけど、そうしたら続きを買ってくれる人が出てきて、「じゃあ1冊無料にしてみようか」にしたら、全巻買う人が出てきた。「それじゃあ全話無料でやってみようか」ってやった『ゴールデンカムイ』は、単行本めっちゃ売れたらしいですからね。

 全話無料で開放しても、買う人は買ってくれる。不思議ですよね。ネットとはうまく付き合っていきたいなと思います。

――ありがとうございました。

(※今日4月1日はエイプリルフールです。)


最後に自画像を描いていただきました。



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<BOOK>黄泉のツガイ(1)

魂を目覚めさせろ!!!「鋼の錬金術師」の荒川弘最新作。山奥の小さな村落で暮らす少年のユルは、野鳥を狩り、大自然の中で静かに暮らしていた。しかしユルの双子の妹のアサは、何故か村の奥にある牢の中で「おつとめ」を果たしているという。それはまるで幽閉されているかのように…。穏やかな村に浮かぶ不自然な謎、この村に隠された秘密とは一体…!?未曾有のツガイバトルここに開幕!!

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