社主が訊く 鈴木小波『燐寸少女』
みなさん、こんにちは。虚構新聞社主のUKです。今回の「社主が訊く」は、「月刊ヤングエース」にて連載の漫画『燐寸少女』第1巻の発売を記念して作者の鈴木小波(すずき・さなみ)先生にお話をうかがいました。「なぜ本紙にてインタビュー!?」と思われるかもしれませんが、その理由も中身を読んでいただければ分かるかと思います。
- 社主UK
いろいろな方からお話をうかがう「社主が訊く」ですが、今回は初めて漫画家さんの鈴木小波先生にお越しいただきました。今日はどうぞよろしくお願いします。
<鈴木小波(すずき・さなみ)>
2002年小学館サンデー超「なりきりドキホーテン」でデビュー。
代表作に「アクジキ」、「ブラック★ロックシューターイノセントソウル」(角川書店)、「出落ちガール」(少年画報社)など。現在は「ヤングエース」(KADOKAWA)にて「燐寸少女」、「ヤングマガジンサード」(講談社)にて「ホクサイと飯さえあれば」、「ヤングキングアワーズ」(少年画報社)にて読切シリーズを隔月連載中。
- 鈴木
よろしくお願いします! これは嘘インタビューじゃないですよね?(笑)
- UK
はい、大丈夫です(笑)。えっと、先生と初めて交流を持たせてもらうようになったのは、確かKindle(*1)で100円セールがあると知ったときに、何気なくツイッターで『ホクサイと飯』をおすすめしたことがきっかけだったかと思います。
*1 アマゾンが販売する電子書籍端末
「ホクサイと飯」(KADOKAWA刊)
- 鈴木
Kindleセールのおかげで読んでいただいた方が一気に増えた印象がありますね。予想外でした。しかも、虚構新聞の社主さんまでが『ホクサイ』を読んでいただいていたとはびっくりしました。自分もいつも虚構新聞にだまされてました。
- UK
いえいえ、何かすいません。こちらこそ先生に本紙を読んでいただいているとはびっくりしました。それがきっかけで今「きんどう」さん(*2)でも時々値引きセール中にマンガを紹介させてもらっているのですが、管理人のzonさんにお聞きしたところめちゃ売れたらしいです。
*2 キンドル書籍紹介サイト「きんどるどうでしょう」(http://kindou.info/)
- 鈴木
そうらしいですね。きんどうさんで紹介した今までの本の中で一番売れたとか。ありがたい事です!
- UK
で、発売順とは逆になるのですが、社主は「ホクサイ」より先に短編集「出落ちガール」を読んでまして。先生の個性的な画風とすごくしっかりまとまったお話がどれも本当におもしろかったんですよ。
で、ちょうど作者買いを始めていた最中に「ホクサイと飯」に出会って。昨今はやりの「ご飯まんが」なのに、全然食べるシーンが出てこないというちょっとした異色作ですよね(笑)。
- 鈴木
「出落ちガール」が先だったんですね。ありがとうございます。日常とご飯を取り入れた漫画が自分も大好きで、良く読んでましたし、自炊というか、食べたい物を作るのが好きだったのもあって、自分も「飯もの漫画」をいつか描きたいとずっと思ってました。
でも、食べるシーンの色気は「花のズボラ飯」(*3)にはかないませんし、食べるリアクションも毎回似通った表現になる可能性があるなと思っていて。グルメ系で一番盛り上がる飲食シーンがないというのを、担当さんにも最初は反対されたのですが、あえて食べない飯ものもありかなと思って始めました。ですので、食べるシーンがない分、作中では誰でも味が分かる献立を取り上げています。
*3 原作:久住昌之、作画:水沢悦子によるグルメ漫画。宝島社「このマンガがすごい!2012」オンナ編第1位に選ばれた。
- UK
なるほどー。食べるシーンが出てこないのにはそういう理由があったんですね。
- 鈴木
それもあるのですが「ホクサイと飯」のテーマは自炊、自家製です。作る過程って、脳みそがフル回転するので面白いんですよね。
- UK
ふむふむ。
- 鈴木
それに買うよりもちゃんと作った方が美味しい物がたくさんあるんですよ。そばつゆもちゃんと出汁を取るとものすごく美味しんですよね。蕎麦を、蕎麦屋で食べるのと家で食べるので味が全然違うなって、なんで店の方が美味しいんだろうって、ずっと子供の頃から思ってたんです。それが、ちゃんと出汁を取ってそばつゆを作るからなんだと気づいてから、自炊が好きになりました。
- UK
学生時代もあまり自炊しなかったので、耳が痛いです(笑)。
- 鈴木
漫画と同じようにカレーうどんや海苔の佃煮を作ってくれる方もいて、とても嬉しい楽しい作品になりました。ですが料理監修などはない素人の自己流で描いてますので、温かい目で見ていただけたらとも思います。
あ、ちなみにホクサイのモデルは、自分の持ってる某世界的アニメーション会社制作の劇場アニメのぬいぐるみだったり、実際に放置自転車で自転車を撤去されたり、物語を妄想しながら歩いたり、ネームの直しを5回もやったあげく全没だったり、打ち切られたり、「やっぱり君才能ないね」って言われたり、海で採った貝を佃煮にしたり、大豆もやしを失敗したりしましたが、「ホクサイと飯」はフィクションですので!(笑)
- UK
ですよね! もちろんフィクションですよね!(笑)
- UK
『出落ちガール』は「ねとらぼ」の連載(*4)でも取り上げさせてもらって、その節はお世話になりました。
*4 ITmedia「ねとらぼ」にて「社主UKのウソだと思って読んでみろ!」連載中。
「出落ちガール」(ヤングキングコミックス)
- 鈴木
取り上げていただいてありがとうございました! 1つ1つ楽しんで描いている読み切り集なので、たくさんの方に読んでいただいてるのは嬉しいです。出落ちの読み切りシリーズはまだアワーズで続いていますので、読んでいただければありがたいと思います。相変わらず出落ちです(笑)
- UK
そして挙句の果てには5月のコミティア(*5)にまで押しかけてしまって……。お忙しかったのに、ブンさんのMiiまで交換してもらってありがとうございました。
*5 同人誌即売会「COMITIA」。オリジナル作品の出展に限定しているのが特徴。
ブンさんのMii
- 鈴木
コミティアでも、その節はわざわざお越しいただいてありがとうございました。社主さんのMiiはまさにあの顔でしたね(笑)
- UK
最近は実際の顔までだんだんMiiっぽく(笑)。コミティアでは「ホクサイ」の続刊「おかわり」と画集を買わせていただきました。単行本に載ってないのもあってよかったです。
- 鈴木
「ホクサイと飯」を単行本で読まれた方に説明しますと、角川書店の「サムライエース」という雑誌で連載していましたが、雑誌が休刊してしまいまして。単行本には休刊するまでの全10話中8話まで収録してまして、単行本未収録の9、10話と同人誌で描いた「ホクサイと飯 洋食編」を収録した同人誌「ホクサイと飯 おかわり」を発行していまして、コミティア等の同人誌即売会や、同人誌を扱っている書店で販売しています。ご興味ある方は是非。
- UK
なんか補足までしてもらってありがとうございます。
- 鈴木
そして雑誌を移りまして、「ヤングマガジンサード」(*6)で今年9月より「ホクサイと飯さえあれば」連載が始まりましたので、是非「新生ホクサイと飯」もよろしくお願いします!
*6 「ヤングマガジン The 3rd」(講談社)。2014年9月創刊。
ちなみに「ホクサイと飯」の主人公山田ブンさんは、26歳漫画家という設定でしたが、「ホクサイと飯さえあれば」のブンさんは、18歳大学生と8年ほど若返ったお話になっています。でも中身は大して変わってなく、相変わらず食べるシーンはなくて、自炊自家製作るだけ寸止め漫画です(笑)
「ホクサイと飯さえあれば」、「ヤンマガサード」で連載中です!
- UK
さて、そんないろいろなご縁が重なって、何と今回最新作「燐寸少女」の帯に推薦コメントまで書かせていただくことに……。
*コラ写真ではありません
- 鈴木
こちらこそありがとうございます! 帯だけには本当の事を書いていただければ(笑)!
- UK
これはぜひ書店で手に取って見てみてほしいのですが、実はこの社主イラスト、先生直筆なんですよ! 本当にありがとうございます!ありがとうございます!
- 鈴木
描かせていただきました。ほんのりほっぺも赤くしてかわいらしくしてみました。
- UK
写真では分かりにくいですが本当にかわいく描いていただいて……。それにしても「ヤングエース」での連載第1話を読んだとき、冒頭からアレだったので、開くページを間違えたのかと思いました(笑)。
- 鈴木
1話目早速びっくりしていただいてありがとうございます。ちなみに、冒頭の作画は「エロマンガ先生」(*7)のコミカライズをされているrin先生にご協力いただきました。
*7 伏見つかさ原作のライトノベル作品。漫画版は「月刊コミック電撃大王」(KADOKAWA)にて連載中。
- UK
おおー。
- 鈴木
実はrinさんはうちの元アシスタントなんです。「B★RSイノセントソウル」(*8)の時に手伝ってもらってました。当時からrinさんはとても上手くて早いし可愛い絵だし、本人も凄くかわいらしいので今でも嫉妬しています(笑)。
*8 「ブラック★ロックシューター イノセントソウル」(全3巻)
- UK
そんなかわいいオープニングから始まるのに、第1話からなかなかハードなお話でしたね……。何とも救いがないというか……。こういう物語にするまでのいきさつってどんな感じだったのでしょう?
- 鈴木
「燐寸少女」は2007年に講談社の週刊モーニング増刊「MANDALA」という雑誌に、読み切りとして発表したものが最初です。最初は絵本のような漫画でした。それをちゃんとコマを割った漫画にして、2012年に「ヤングエース」で読み切りとして載りましたが、読者アンケートがとても良かったようで、ありがたく連載になりました。
- UK
元になる読み切りがあったんですね。それは初耳でした。
- 鈴木
「燐寸少女」は「マッチ売りの少女」をモチーフにして、火をつけると「妄想」が具現化するマッチ「妄想燐寸」を手にした人々を描いています。1話目はまず「願望」と「妄想」の違いを描きました。誰でもぼんやり思っている「妄想」は軽くて変わりやすい一番人間ぽい感情で、その妄想の裏には別の真意があるのかもしれないというのをテーマにしています。
「燐寸少女」第1話より
- UK
なるほどー。ちなみに社主個人としては第3話が一番心にグサリと来ましたね。あれは創作に携わる人にとっては結構キツい……。
- 鈴木
狙い通りですね(笑)。全話グサグサ刺さってもらえたらうれしいですが、燐寸少女に出てくる人々の本音は、自分の本音でもあります。
ネタバレになるので詳しくは話をできませんが、3話目は美術高校でのお話で、「本音」を見たいという妄想から始まります。美術に限らずこういう本音は誰でも思ってるんだろうなと。是非読んでいただいて突き刺さっていただければ。
- UK
で、ずっとダークなのかと思ってドキドキしてたのですが、最後まで読んでみると、実はそれだけじゃない……っていう。
- 鈴木
海外旅行から帰ってきた直後の和食ってすごいおいしいですよね。そんな感じです、きっと(笑)。バットエンドかハッピーエンドかは読んでからお楽しみにしてもらえればと!
ちなみに、4話は東京タワーの話ですが、東京タワーの設計者、内藤多仲さんの名前をお借りして、内藤勇君と、多仲かの子ちゃんという名前にしてみました。作中にあるように、実際に外階段で展望台まで登れるのですが、結構あっという間に展望台までの150m登れて楽しいですよ。
- UK
以前「出落ちガール」をねとらぼで紹介したときに「先生のような起承転結の「起」と「結」の両方で読者をうならせることのできる記事を書きたいと願うところでもあります」なんて書いたのですが、「燐寸少女」を読んで改めてその思いを強くしました。本当にうまいなあ、と。
- 鈴木
起と結で楽しんでもらえるのはありがたいです。「出落ちガール」は、文字通り出落ちになるようなものを考えてから作るのですが、それ以上に大オチが面白くなるようにつとめていて、結構そこを思いつくのが大変ですね。
ですが、「燐寸少女」は、大オチのテーマを出してから作っています。やはり最後でびっくりして楽しんでもらいたいですね。
- UK
ちなみに今回収録されている6話の中で先生が最も気に入っているのはどの回ですか?
- 鈴木
どの回も好きなのですが、強いて言っても全部好きですが。マッチを擦ったときに出てくるスタンドみたいな物は1話目が好きですし、2話目の燐寸少女の店内も気に入ってますし、3話目の話のオチもニマニマしながらかけましたし、4話目の東京タワーは建物萌えするフォルムですし、5話目は新キャラのクラゲさんが殺伐とした物語に色を付けて楽しいですし、6話目も新しい展開が見えてきてワクワクします。
ちなみによく見るとリンちゃんは毎回ほんのちょっと違う服着てるんですよ。2話目のリンちゃんの服が好きです。
- UK
あっ、本当だ!そこまでは気づきませんでした!
- UK
今回の収録分最後の第6話では妄想を照らす「妄想燐寸」に対して、深層心理を照らす「夢幻灯」を携えたろうそく売りのチムさんが登場しますね。2人の考え方の違いを魅せるラスト1コマは本当にカッコいいな、と。
- 鈴木
ありがとうございます。妄想は「心のうわずみ」、深層心理は「心のよどみ」という印象でしょうか。今後も心をえぐれるような話が描けければと妄想しています。
- UK
ベタな表現で恐縮なのですが、これからの展開がすごく楽しみです! 今日は本当にありがとうございました!
- 鈴木
ありがとうございました! 今後ともよろしくお願いします。
カシュッ(マッチをする音)
(「燐寸少女」は一千万部売れる。)
(「燐寸少女」はアニメ化する。)